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長野地方裁判所 昭和41年(ワ)7号 判決

理由

一  原告主張の請求原因事実は全部当事者間に争いがない。

二  そこで本件各約束手形が提出された経緯について検討する。

《証拠》を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

1  不動産取引のブローカーであつた新井は、昭和四〇年春頃、被告から一〇万円の融資を受けることの斡旋を依頼されていたが、偶々知人を通じて寝具商の清水が不動産を担保として提供すれば謝礼として一〇万円を支払うといつていることを聞き込み、両者の仲介をすることになつた。

2  そして、同年六月五日、新井の肝煎りで、市内篠ノ井の飲食店に右三名が集り、清水から被告に対し、同人が東京の仕入先に対して買掛代金支払のために振出す手形の裏付担保に供するための不動産を提供してくれるならば、その謝礼として年に一〇万円を支払うから被告所有の不動産を担保として貸してほしい旨の申込みがなされ、新井からも、被告および被告の父十三男所有の不動産にはすでに五番抵当権まで設定されているのであるから、清水のためにさらに抵当権を設定しても、その抵当権が実行される虞れはないだろうとの口添えもなされたため、被告は、右各不動産に清水のため右趣旨で極度額一〇〇万円の根抵当権を設定することに同意した。

3  そこで、右登記手続を市内川中島町の青木吉広司法書士に依頼することになり、それからほどなくして、被告も右両名と共に、右各不動産の権利証を右司法書士事務所に持参したのであるが、これに不備があるため、保証書で登記をすることになり、被告はそのための手続一切を同司法書士に委ね、被告と十三男の印鑑を同人の手許に預けた。

4  ところが、同月二三日、新井は清水と共に右青木司法書士事務所において、新井がその知人である西山から事情を秘して借受けた同人の印鑑および被告から保管中の被告と十三男の印鑑を使用し、被告に無断で、清水が西山に対し、貸付元本極度額を一〇〇万円とし、期間の定めなく、証書貸付、手形割引および手形貸付の方法で金員を貸付ける旨の契約を締結し、被告および十三男は、西山の右債務につき連帯保証をなし、右債務のため被告所有の田、畑八筆、十三男所有の田、畑、宅地十三筆の不動産上に、債権元本極度額一〇〇万円の根抵当権を設定することを約した旨同月五日付の根抵当権設定契約書を作成し、これによつて、同日その旨の根抵当権設定登記をした。

5  一方、清水は、以前より金融業を営む原告から融資を受け、当時も原告に一〇万円の借入金債務を負つていたのであるが、かねてから一〇〇万円相当の担保を差入れるならば、更に八〇万円の融資をする旨の内諾を得ていたので、右根抵当権の設定を機に、原告に対し、右根抵当権は蒲団代金回収のためにとつた担保であると称し、右根抵当権設定登記済権利証を示し、これを提供するから更に融資してほしい旨申入れた。

6  原告側では右申入れを受け、藤之内司法書士に相談をもちかけたところ、同司法書士から右根抵当権を転抵当に供することにより担保にとる方法があることを教えられて、この方法によることを決め、清水に対し、原告の委任状を交付し、その登記手続を同人に依頼したため、同人は、前記根抵当権の上に更に原告のために根抵当権を設定することとし、新井と共に、前同様西山の印鑑を利用し、清水が原告に対し、両者間に同月二四日成立した証書貸付、手形割引、手形貸付契約による債務を担保するため、貸付金元本極度額を一〇〇万円とする転根抵当権を設定し、西山はこれを異論なく承諾した旨の同月二五日付転根抵当権設定契約証書を作成し、翌二六日、前記青木司法書士に右登記手続を依頼し、その旨の転根抵当権設定登記をなした。

7  しかし、右転根抵当権設定後、原告が清水に対し手形割引の方法により貸付けた金員の返済を受ける見込みが乏しくなつたため、同年九月下旬当時の原告代表者小山二男は、常務取締役鈴木修一、監査役鈴木満と共に被告方を訪れ、被告に対し、清水の原告に対する借入金債務八〇万円を肩代りして支払うよう要求した。

8  次いで、同月二七日、右三名は再度被告方を訪れ、被告に対し、前記根抵当権ならびに転根抵当権設定登記済権利証を示すなどし、清水に対する担保提供者として清水の原告に対する右債務八〇万円を支払うようかなり執拗に要求し、約二時間にわたつて話合が行なわれた末、原告側は、妥協案として、清水の債務八〇万円を折半し、原告と被告の双方で半分ずつ負担することとし、被告に対し、金額四〇万円の約束手形を振出すよう要求し、ついに被告をして、その場をおさめるため不本意ながらこれを承諾させ、原告側で持参の手形用紙を用いて、被告に本件各約束手形を振出させるに至つた。以上の事実を認定することができ、右認定に反する証人清水(第一回)、青木の各証言の一部は、前掲各証拠を総合した結果に照らして信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  ところで、被告は、被告を設定者とする清水のための前記根抵当権の設定に際し、清水から債務者たる西山には一銭の金銭も現実には交付されなかつたから、右根抵当権は被担保債務を欠く無効なものである旨主張し、《証拠》によれば、右根抵当権設定当時右両者間に金銭の授受がなかつたことは被告主張のとおりであることが認められるが、根抵当権は、これを設定する当時には、被担保債権発生の原因となる基本の契約が存すれば足り、必ずしも債務の現存すなわちその基本たる与信契約に基づく現実の金員の授受を要しないものと解するのが相当であるから、右の一事を捉えて直ちに右根抵当権の無効をいうことはできない。

四  しかしながら、前掲証人清水(第一回)、新井、西山の各証言によれば、西山は、かつて知人の新井から依頼され、新井が西山名義で住宅金融公庫から融資を受けることを承諾し、その手続等のため、同人の印鑑を新井に預けて使用させたことがあり、今回も新井から印鑑を貸してくれといわれるままに、深く考えることもなく貸与したにすぎないものであつて、もとより西山としては、清水との間において前記認定の如き与信契約を締結する意思は全くなく、また清水としても、前記認定の根抵当権設定契約書を作成したのは、自己が他から融資を受ける便宜上、新井と謀つて、単にそのような外形を作出するためにしたことにすぎず、右契約に基づく信用の供与は全然なされなかつたのみならず、当初からそれが行なわれる余地は全く存しなかつたことが認められるから、右与信契約は架空のものであつて、何ら法律上の効力を有しないものである。

抵当権により担保せんとする債権が当初より無効なときは、抵当権もまた無効であり、この理は、根抵当権の場合にあつても、異らないものというべきであるから、右に述べたとおり、右根抵当権が担保せんとするところの将来発生が予想される債務の発生原因となるべき基本契約が架空のものであつて無効である以上、将来において、その被担保債権の発生する余地はなく、従つて、これを担保するために設定された根抵当権もまた無効なものであるといわなければならない。

そうすると、基本となる原根抵当権が無効である以上、前述のとおりこの上に更に原告のために根抵当権を設定する旨の契約がなされたとしても、原告としては、転根抵当権を取得するに由ないものといわざるを得ない。従つて、原被告間には本来何らの権利義務関係も存しなかつたことに帰着するので、被告の本件各約束手形の振出は、何ら原因関係上の債務なくして振出されたものというほかはないから、被告は、原告に対し、本件各約束手形金を支払うべき義務はない。

五  なお、原告は、被告が本件各約束手形を振出したことにより、原告の清水に対する債務の引受をなしたものであり、従つて、本件各約束手形は右債務支払のために振出されたことに帰着し、原因関係を欠くものではない旨主張するが、(清水の原告に対する債務額の点はしばらく措き)前記認定の如き本件各約束手形振出しの経緯に徴するときは、右手形の振出しをもつて債務引受の意思表示であるとみることは到底できないものといわなければならないから、原告の右主張は採用し難い。

六  以上の次第であるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却。

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